日曜メッセージ要約版

教会の講壇メッセージ動画は、レムナント教会のサイトに出ています
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メッセージ要約版

8月28日

視線をイエスに向け(ルカ1:67-80)
 世の中で起きていることには、偶然ように見えることがありますが、決して偶然に起きることはありません。すべて裏に隠れている背景があり、理由があります。神の民である私たちに起きることは、神様の理由と背景があることは当然のことです。今日の聖書箇所は、ザカリヤが天使の預言どおりに生まれてきたヨハネを見て、神様を賛美し、預言した場面です。私たちもザカリヤのように、賛美をささげて、未来を見通して預言できる人になるために、すべてのことの中にある神様の計画を見る目を持つようになりましょう。
 ザカリヤは生まれてきたヨハネを見て、その赤ん坊に視線を集中して、その子が貴重でかわいいと喜んだのではありません。その誕生を通してその裏にあるイエスに視線を集中していました。そのように裏のイエスを見る者は答えを見て、神様を賛美し、預言して、未来を見るようになります。ザカリヤはヨハネが生まれたことを喜ぶのではなく、「救いの角」「アブラハムに誓った契約」とイエス・キリストを送ると言われた約束の成就だと、救いの神様をほめたたえました。このようにイエス・キリストに視線を集中するなら、神様の大きな愛やあわれみ、恵みを見ることができます。それが霊的な目が開かれたということです。私たちも自分の人生を通して、良いことでも、悪いことでも、すべてのことを通してイエスに視線を集中して、「イエスを悟らせ、イエスを送り、イエスを覚えさせるために、私にこのようなことまでなさったのか!」と、まことの賛美をささげる人になりましょう。
 イエスはキリストです。神様とともにいて幸せだった人間が、サタンに惑わされて罪を犯し、神様から離れて、滅びと運命ののろいの中を生きるしかなくなったときに、神様が自ら救いを約束してくださり、その約束どおり、イエスがすべての罪を十字架であがない、悪魔の頭を踏み砕いて復活して、神様とともにいることができる道を開いてくださいました。イエスだけが唯一の道であり、唯一の希望の光です。どういうことがあっても、そのイエスに視線を集中すると、神様のすばらしい門が開かれて、神様を賛美するようになります。目の前のことにまどわされず、その裏にあるイエスに視線を向けるようにしましょう。
 そうすれば、イエスを通してミッションを発見するようになります。ザカリヤは神様をほめたたえたあと、ヨハネを見て、「預言者と呼ばれる」「主の御前に先だって行く」と、ヨハネがすばらしい目的と理由のために生まれてきたと預言します。私たちもイエスに視線を向けると、イエスゆえにミッションが発見できて、喜びをもって預言するようになります。世の中は、暗やみに捕えられているので、その人々に救いの知識、希望、光を与えるために生きているとミッションを悟り、それが喜び、賛美となります。救われた私たちは、ミッションがないなら、天国にいくほうが良いはずです。世の中にいる理由は、唯一の救いと希望の道であるイエスを知らせるためだというミッションを発見しましょう。
 ミッションを発見すると希望を見るようになります。ミッションを通した希望は必ず成されます。光が暗やみに訪れる福音専用のミッションは、小さなことのようでも、「暗黒の死の影を照らし」と言われるように、暗やみの中にいる人や文化に光が照らされて、崩れて行くのを見るようになります。光が照らされると、必ずわかるようになります。私たちには、まことの平安を知らず、地獄に行くたましいを「平和の道に導き」まことの平安をもたらすミッションがあるのです。
 光が照らされるので、あきらめずにミッションの人生を生きて行きましょう。そのために、すべてのことの中にイエスを見て、まことの賛美をささげましょう。そうすれば、まことのアイデンティティとミッションが発見できるようになります。どんなことがあっても、希望の幻を見て、イエスによる新しい世界を見て、ミッションをまっとうしていくように願います。