日曜メッセージ要約版

教会の講壇メッセージ動画は、レムナント教会のサイトに出ています
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メッセージ要約版

12月18日

最高の生き方(ルカ6:27-36)
 どんな状況でも、世の中の人が知らない本当の幸せを感謝して味わい、プライドを持っているなら、世にいる間、最高の人生で、最高の水準の生き方ができると聖書は教えています。
 今日の聖書箇所では、外見や人間的に見て、自分が幸せだと思っている人々に、イエス様を拒否しているから、その幸せは勘違いであり、イエス様を信じて従っている弟子たちこそ、本当に幸せな者だと語られたあとに、そのような幸せな者としての生き方を言われました。それは、一般的に無理だと思うようなレベルの生き方なのですが、できないからと無視することも、それを守らないといけないと高いハードルのように思って負担に思うのでもなく、そのような生き方ができるようになっていることを約束として受けるようにしましょう。
 イエス様が信徒に求められる水準は、世の律法や異邦人の水準をはるかに越えるものです。敵を愛し、侮辱する者を祝福し、片方の頬をたたかれたらもう片方を出し、上着も下着も渡しなさいと言われますが、世の中とはまったく違う次元の要求なのです。世の中ではせいぜいがまんすることが精一杯の水準でしょう。がまんするとか、世の中より少しまさっているという水準ではなく、まったく質と次元が違い、「父なる神様のようにしなさい」と求めておられます。つまり、イエス様を信じる私たちを見て、人々が神様を見ることができるような生き方をしなさいということです。神様にのみ見られるような、最高の生き方を求められています。
 なぜなら、イエス様を信じたクリスチャンは、そのような生き方ができる最高の祝福の者となっているからです。そのことにプライドを持つようにしましょう。そのような祝福の者になったのは、他に条件はありません。ただひとつ「イエスにあって」だけです。イエス様を信じて受け入れたので、神様が聖霊で私の中に入って、ともにおられるようになりました。つまり、いのちを与えられた者なのです。私たちではできないから、イエス様が十字架で死んでくださったことにより、神様がともにおられる道を開いてくださったのです。イエス様はキリストです。それゆえ、私たちの外見とはまったく関係なく、イエス様を信じると、私たちは聖霊が宿られる神の神殿となり、天の御国が私たちのもので、天にあるすべての霊的祝福を受け、死と罪の原理から解放されます。この確信と感謝を持つようにしましょう。
 ですから、残りの課題は、この祝福をしっかりと味わい、整えられていけばよいのです。神様がともにおられ、まったき者となるように整えられ、世の中の水準をはるかに越えた次元の生き方をすることができると、心からの信仰告白をして、以前のものが過ぎ去った、すべての問題は終わっている、幸いな新しい自分だという自覚を持つようにしましょう。そして、そのような幸いな者ではないという古い自分は十字架で死んだと告白するガラテヤ2:20の戦いをしていきましょう。そして、聖霊充満の祝福に集中して祈っていくならば、神様が神様であるという実が結ばれるようになっていきます。そうすれば、人間関係も勝利するようになるのです。そして、死んでいくたましいをかわいそうに思って、福音を持って助けるいのちの祝福を分かち合う生き方になります。つまり、最高の基準である福音宣教と伝道に益になるように生きるようになります。これがすべてをはるかに越えた水準の生き方です。
 イエスがキリストだから、それを信じた自分は、最高のいのちの祝福が注がれているとキリストの契約を握って、ひとりで静まって祈る、個人の祈りに成功しましょう。自分が最高に祝福されている幸いな者だと見るようにして、みことば、メッセージに全幅的な信頼を置いていきましょう。みことばに全幅的に信頼することが、古い自分を十字架につける一番の方法です。そして、自分の回りや現場を見て、人々の霊的な内面を見て、かわいそうに思い、本当の愛を持って伝道を中心に祈るようにしましょう。神様から離れた人には、キリスト、福音しか答えがないという思いで見て行くようにしましょう。それが、最高の水準の生き方です。主がともにおられるので、私たちはそういう生き方ができるのです。キリストを確認し、自分を十字架につけ、聖霊充満を求める一週間になることをお祈りします。