日曜メッセージ要約版

教会の講壇メッセージ動画は、レムナント教会のサイトに出ています
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メッセージ要約版

2013年2月24日

知恵ある人生(ルカ19:11-27)
   イエス様が十字架にかかるためにエルサレムに近づいておられるときに、ユダヤ人たちは、神の国がもうすぐ現れると思っていました。ユダヤ人たちは、その当時、ローマの植民地だったのですが、その苦しみが終わることを切実に願っていて、そのための王がイエス様だと思っていました。その人々に向かって語られたのが今日のたとえです。ユダヤ人たちは「ただちに」苦しみは終わると期待していたのですが、イエス様は遠い国に王位を受けるために行った王のたとえを語られ、「ただちに解決する」がフォーカスになるべきではなく、必ず帰って来るのを待ちながら、「今日、いまをどのように過ごすのか」にフォーカスを合わせるべきで、それが賢く知恵がある人生だと言われたのでした。では、今日、いまをどのように生きるべきなのでしょうか。
 人間は肉だけではなく、たましいのある存在として創造されました。そのたましい、つまり霊的な部分が大事であり、優先されるべきです。しかし、肉的なことばかりに執着していると、この霊的なことが見えなくなってしまうのです。それで、その肉的なことがうまくいくことばかりにフォーカスを合わせるので、余裕がなく、あせりが消えなくなり、結局はむだな人生になってしまいます。私たちが救われる前の考えが心に刻印されていると、霊的なことが見えなくなって、おろかな人生になってしまいます。霊的なことを優先して、霊的な事実を見落とさないようにしましょう。
 霊的な事実とは、神様が宇宙、地球、人を創造されたことで、その人間がサタンにだまされて罪を犯し、神様に背いて堕落してしまって滅びるようになったことです。神様はそのように滅びる運命につかまった人間を救うために、イエス・キリストを送ると決められ、すべてのことをキリストが来られるために動かされました。そして、約束どおりイエス様がキリストとして来られ、すべての預言を成就され、それ以後は、だれでもイエス様の御名を呼べば救われるようになりました。イエス様の十字架以後、それを信じた教会、クリスチャンひとりひとりを通して、全世界が救われて、福音を伝えるために歴史は動かされ、最後にイエス様が再臨してこられて、すべてさばかれて終わりがきます。つまり、霊的な事実の一番のテーマは「人の救い」です。肉的なことにとらわれていると、人の救いが見えなくなり、それでは、すべてがむだになってしまうのです。
 世界宣教、現場の福音化のために、いまがあることをいつも見るようにしましょう。過去に刻印されたテーマを、神の国のテーマに変えて、神様の喜ばれる方向に向かうようにしましょう。そうすれば、人生のフォーカスが神様と合うので、神様が実りを与えてくださる賢い知恵ある人となることができます。今日、いま、神様から与えられている天にある霊的祝福と、環境、状況、才能、仕事などを活用して、救いにどのようにアプローチするかにフォーカスを合わせましょう。フォーカスは「救い」だけです。そのための現実なので、不平不満ではなく、感謝を持って、救いのテーマに合わせて味わう生活を送りましょう。肉的な変化をただちに求めるのではなく、救いにフォーカスを合わせていれば、いのちの実を結ぶ人生になります。現場に救いのために派遣されているとわかるなら、勝利の人生になります。
 それゆえ、過去の傷による劣等感をすべて洗い流してしまいましょう。キリストにあって、すべて終わりました。そして、肉的な切望を神様の切望に変えましょう。フォーカスを救いにして、今日の現実、現場をすべて楽しみ、いのちの実を結ぶチャンスにしましょう。スタートを福音にしてすべて味わい楽しむようにしましょう。これが自分の祈り(味わい)、自分の伝道(現場)、自分の宣教(海外)になります。祈りをもって、いまを始め、心にある過去のことに、十字架と救いの祝福で戦い、世界福音化の神様の契約をのがさない、実りある人生になることをお祈りします。