日曜メッセージ要約版

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メッセージ要約版

2013年5月5日

最後の過越の祭り(ルカ22:14-20)
 人生に勝利する条件は正しい更新にあります。更新とは、序論と本論を見極めることができて、本論のタイミングに序論をあとにして本論に入ることです。正しい更新で人生の勝利者になるようにしましょう。今日の聖書箇所は、最後の晩餐と言われる場面です。過越の食事を弟子たちをいっしょにされたイエス様が、これで過越の食事は最後だと言われました。つまり、いままで守っていた過越の食事をする序論は終わって、これから本論に入るから、更新しなさいと言われたのでした。
 過越の祭りの起源を見てみます。アダムとエバが神様を裏切る罪を犯して、神様を失い、祝福をすべて失って悪魔に捕らわれるようになりました。人間ではそのような滅びの運命の問題を解決することは絶対にできないのですが、神様が罪を解決して、滅びの運命から救い出すと約束してくださいました。それが女の子孫、つまり、神様が人間となって来てくださり、悪魔の頭を踏みくだかれるということです。そのとき、かかとにかみつかれるということは、十字架で血を流して苦しみ、すべての罪をあがなって問題を解決してくださるという約束でした。神様はご自分の約束をかならず守ってくださるので、そのためにイスラエルという契約の民を選ばれたのでした。そのイスラエルの民が契約を忘れてしまったので、エジプトの奴隷になってしまいました。そこで、神様は契約を守るために、カナンに連れて行くと言われ、羊の血をかもいと門柱に塗りなさいと言われたのでした。そのとき、死の御使いが、血が塗ってある家は見逃したのですが、あとの家の長男をみんな殺していったのです。この出エジプトの事件から、神様は契約を守られる方であることを絶対に忘れてはならないと、記念する行事として過越の祭りを守りなさいと言われました。つまり、キリストを通して人を救うと約束してくださったのは、全能の力の神様であり、絶対に契約は守られると忘れてはならないという意味が過越の祭りです。人間ではどうしようもないけれど、キリストによって助かり、救われるという契約です。
 その契約がいよいよ完成する段階が来ました。キリストであるイエス様が来られ、預言通り十字架にかけられ、救いの約束をすべて成し遂げられる直前の場面が、今日の聖書箇所です。もう過越しの祭りは完成して、本論に入るということです。いままでの伝道、行事、神殿中心のことをすべて終止符を打ちなさいというのが、最後の過越の食事の意味です。そのあとは、イエス様を信じることで救われるようになりました。それまでのすべてを忘れて、イエスだけを信じて、見上げれば良いのです。イエスを邪魔することはすべて切り捨てなさいというのが、更新です。地獄、滅び、罪のさばきはすべて終わり、永遠に解放され、まことの神様に出会い、神様が内に住まわれるようになり、永遠にともにおられるようになります。人間の能力、人格、力とはまったく関係なく、いのちの光が臨むので、暗やみが砕かれます。イエスを信じさえすれば人生は変わるようになるのです。そして、それまではユダヤ人だけだったのが、すべての人類に向かって救いが伝えられ、地の果てまで救いが成就していくようになりました。エルサレムの神殿に集まる時は終わり、いつでもどんなときでも、イエスによって祝福が現れ、御名を呼ぶと神の国が臨むようになったのです。
 序論は終わったので、イエスを信じ、いつでも、どんなところでも祝福を味わうことができる本論に入る、根本的な更新をしましょう。イエス以前のすべては、良いことも悪いことも、すべて終止符を打ち、更新しましょう。イエスを見上げるのに邪魔する理由のあるものは、まったくありません。本論に入り、すべての視線をイエスに集中して、イエスを信じ受け入れましょう。
イエスを信じて受け入れたら、すべての不幸、滅び、悲しみの人生は終わったと確信を持ちましょう。完成したイエス・キリストを受け入れたので、パンとぶどう酒を食べて飲んで、祝福が自分のものになっていると確認しなさいと言われたのです。
 無条件に聖餐の告白をして、内にイエス様がおられるので、生活の現場でイエスがなさったことと同じことができると信じて待ちましょう。イエス様が私の人生を更新させてくださったので、私のまわりにも私を通して人生を更新させていかれます。新しい自分を発見していきましょう。