日曜メッセージ要約版

教会の講壇メッセージ動画は、レムナント教会のサイトに出ています
http://jremnant.net/


メッセージ要約版

2013年11月10日

人生を左右する勘違い(ヨハネ5:9-18)
 今日の聖書箇所は、イエス様が38年間病気だった人をいやされたのが、安息日だったということで、ユダヤ人たちが安息日のきまりに反すると言った姿が出てきます。ユダヤ人たちは、悪い思いではなく、神様への忠誠心から、律法を守ろうとして安息日の決まりを破ってはいけないと言ったのでした。そこでイエス様が「わたしの父は今に至るまで働いておられます。ですからわたしも働いているのです。」と、ご自分を神様と同じだと言われたのですが、そのことばに対して、ユダヤ人たちは許せないので、殺そうとまで思うようになったのでした。それは、イエス様に対して勘違いしていたことですが、その勘違いは、人生のいのちと滅びを分けてしまうほど大きな結果をもたらしたのでした。クリスチャンであっても、勘違いに気がつかないと、一生懸命に働いても、最終的な結果は残念なことになります。今日、勘違いを捨てるようにしましょう。
 勘違いを捨てるために、まず、安息日について、そのはじまりはなにかを見る必要があります。神様がすべてを創造されたときに、6日間働かれ、すべてが非常によかったので、7日目に休まれました。それは、なさった創造のわざが完全で完璧であったという意味です。創造の働きになにか加える必要はなく、神様がなさったことで完全、完璧であると覚えて告白して、それを信じる信仰を持つことが安息日を守るということでした。
 しかし、創世記3章で、サタンにまどわされ、罪を犯し、まことの安息をすべて奪われてしまいました。そのときから、安息日の意味は、人間に絶対に必要なのは、神様から与えられる安息であるということを覚えるためのものになりました。旧約時代にモーセに命じて、安息日を守りなさいと言われて、仕事を休みなさいと言われたのは、まことの安息は、世の中では絶対に手に入らず、神様から与えられるしかないという意味で言われたのでした。まことの安息は神様だけにあると告白するためのもので、神様が安息を与えるために働いてくださるのであって、人間では手に入れることができないから休むということでした。ところが、ユダヤ人は霊的な事実がわからず、その意味を勘違いして、自分たちの規定を作り、それがかたまって、思考、伝統にまでなってしまったのでした。
 まことの安息を与えるために神様がなさる働きは、最初から約束されていた、メシヤ(キリスト)を送って与えるということです。神様がキリストによって救いの働きをして、まことの安息を与えるというのが神様の約束でした。それゆえ、旧約時代は安息日を破ることは、神様の約束、キリストを否定することだったので、とても厳しく言われていました。
 キリストを通して安息を与えるということが安息日のテーマです。38年もの間、病気の人をいやすことによって、イエス様が安息日を成就されたのです。イエス様こそ、安息を与えるキリストだということです。イエス様こそ安息日の主と告白する者は、死からいのちに移っていると言われました。キリストという証拠で、イエス様は安息日の仕事をなさったのです。イエス様が来られたので、安息日の約束は成就しました。それゆえ、イエス様以後は、イエスをキリストと信じて、イエス様の中のまことの安息に入っていくことが、安息日を守ることになりました。
ユダヤ人たちは、仕事をしないで休むと勘違いしていたので、イエス様を拒否するようになりました。その勘違いは、永遠の運命を左右することになってしまったのです。
イエス様がキリストとして来られたあとは、安息日を守るのは、イエスをキリストと信じることです。それゆえ、イエスをキリストと告白することに邪魔するものは、すべて捨ててしまいましょう。そして、イエスをキリストと告白することを最優先にして、告白し続けましょう。それが、安息日を守ることです。そして、イエスをキリストと信じて受け入れた自分の祝福はなにであるかを、確認して確信しましょう。これを勘違いすると、運命を左右するほどのことになると確認しましょう。そして、信じた自分は最高の選択をしたという自負を持ちましょう。イエス様がキリストとして来られたので、旧約時代の安息日は終わりました。そして、毎日、安息に入れるようになったのです。イエスをキリストと告白したあと、完全で完璧、永遠の救いの祝福を確認し続けましょう。神様がなさったことなので、完全で完璧なので、それをゆたかに味わいましょう。
そして、イエス・キリストが私のなかで、人々にまことの安息を与えるために働いておられるので、私もそのために働くのです。それが、伝道です。キリストによって、身分、権威が与えられています。人々にまことの安息を与えるために、暗やみが砕かれるように祈りつつ、準備していくことが安息を守ることです。すでにイエスをキリストと信じて受け入れたら、安息日の祝福の中に入っています。その確信をもって、人生最高の祝福を味わう一週間になることを祈ります。