日曜メッセージ要約版

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メッセージ要約版

2014年04月20日

神様の大逆転劇(ルカ24:1-10)
   イエス様の復活は、世の中と人類が真実だと主張することが、実はそうではなく、神様の主張こそが真実だということを確定する決定的な神様からの証拠です。今日、復活の意味とメッセージをかたく握って、自分の心の中で大逆転劇を体験しましょう。
 神様は聖書で、人間の定義を次のように主張しておられます。人間は神様によって、神のかたちに創造された特別な存在です。人間だけが、肉体のある霊的な存在で、神様とともにいてこそ幸せであり、まことの祝福と安らぎ、生きがいを持つことができる存在です。そのように特別に造られた人間が、原罪を犯して、だめになってしまったのです。人は生まれながら神の御怒りを受けるべき子らとして、最初から希望のない存在になってしまいました。可能性はまったくない、人の力では解決できない罪を抱えている罪人なのです。その人間を救うため、神様は創世記3:15に、女の子孫が来てへびの頭を踏み砕くという約束をしてくださいました。神様が送ってくださるキリスト(メシヤ)しか、人間の問題は解決せず、人間の希望はありません。キリスト以外に希望がないことは、歴史を通して、人生のストーリーを通して示されています。人間は、キリスト以外には希望も、可能性もなく、神様を信じようともせず、かえって神様と反対に行こうとする罪人です。それゆえ、どんなに発展しても、なにが変わっても、不幸が続き、病気も増え、精神的にも耐えられないことが続くのです。キリスト以外希望はない、これが神様の主張です。
 これに対して、この世の主張があります。それは、私たちに自然に刻印されているもので、民族や時代のちがいに関係なく、悪魔がへびに入ってエバを誘惑したのと同じことを主張します。それは「神のようになる」ということです。つまり、「神はいない」「神はいらない」ということです。この主張は悪魔の主張であり、昔から今も変わらず、かたちを変えながら続いています。いまはニューエイジやフリーメイソンを通して、すべての分野に入って、神はいらないと強調しています。人間には可能性があり、神の助けなしに努力すればよくなるというヒューマニズムが、人々に刻印されています。
 このような世の主張が真理だと思えるのですが、それが、イエス様の復活によって、大逆転でひっくり返されるのです。死んでよみがえるなどありえないという世の主張を根底からひっくり返しましょう。
 世の中は進化論を真理だと主張しますが、人間の尊厳をおとしめる悪魔の主張です。人間は進化して、病気も問題もなくなるから希望を持つようにと信じ込ませていますが、人間は霊的存在であり、神様の助けが絶対に必要なのです。このように、世の中の主張は定説となって、心に流れこんでいます。パリサイ人やユダヤ人は、イスラエル人であることが幸せで、律法を守ればよいと主張しましたが、聖書はイエスをキリストと信じることが幸せだと真っ向から対立します。ナザレ出身で弱い姿で、弟子だという人々も身分の低い弱い人ばかり、ろばの子に乗って来る人がキリストであるはずはないと世の中は主張して、それがまるで正しいかのように、イエス様は十字架で死んでしまわれました。やっぱり、人間には可能性がある、神様などいらないと世の中の主張が喜んでいたのですが、それを三日後に、決定的にひっくり返されたのが復活です。私たちの中に刻印されている世の声、すべての理論を完全に逆転する、決定的な証拠です。ヒューマニズムは偽りであると証明されたので、自分自身の中になる世の中の悪魔の主張と、神様の主張を取り換えてしまいましょう。ほかに希望があるかのように思っていると、悪魔にやられてしまいます。キリスト以外希望はないという証拠が、復活です。その復活の証拠をもってキリストで十分であると告白しましょう。
 キリストが絶対的な希望で、他にはなく、イエスを信じると救われるということが復活で証明されました。福音以外のものを取り換えてしまい、偽りに振り回されないようにしましょう。そして、復活の前に立ち、自分は救われた幸いな者であり、神の子どもであると確信しましょう。自分の弱さや外見とは関係ありません。そして、キリストであるイエス様を人生の主人としてお迎えしましょう。自分の人生を自分でなんとかしようとする必要はありません。残りの生涯、生きる理由はキリスト・イエスを宣べ伝えるためだと確認しましょう。そのような伝道者は、通じあうようになります。それを秘密決死隊と言います。言い訳がいらないように、聖霊充満が約束されています。自分の弱さ、能力をはるかに超えて用いられるように、聖霊充満を求めて祈り、日々、復活を決定的な証拠として歩むことを祈ります。