日曜メッセージ要約版

教会の講壇メッセージ動画は、レムナント教会のサイトに出ています
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メッセージ要約版

2014年10月26日

十字架のイエス様―その5(ヨハネ19:28-30)
  私たちクリスチャンは、現場で未信者を助けて生かす存在ですが、心配や葛藤にとらわれて、無気力になってしまう場合があります。それは、本人の能力がないからでも、まわりの環境のせいでもなく、福音を正確に理解していないからです。福音さえ正確に理解しているなら、無気力を脱して、人を助けて生かすクリスチャンらしい生活ができます。今日の聖書箇所で、イエス様は十字架の上ですべての聖書の預言を成就されて、そのあと「すべて完了した」と言われました。「すべてを完了した」というのが福音です。今日、自分の福音はどのようなものなのかと確認して、正しい福音を改めて理解するようにしましょう。
 まず、福音は人のなにかとはまったく関係ないということです。人の救い、人生の変化、幸せと、人のなにかはなんの関係もありません。イエス様おひとりで、「すべてを完了」してくださいました。宗教はどんなものでも、その根本に「因果応報の思想」があります。つまり人間が主体で、人間が中心になっています。人間が努力することによって差があるというのです。しかし、聖書はすべての人間は同じだと言っています。すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができないと書かれているとおり、人種、人格、才能、財力、知識、文化、好み・・・いろいろありますが、すべての人は罪人で、どんなちがいも、根本的に人の救い、幸せ、人生のまことの変化とは、なんの関係もないと言っています。人間の努力で少し変わることはありますが、かえってその変化によってだまされて、人生のまことの変化の必要をごまかされてしまう場合もあります。救い、幸せ、人生のまことの変化は、イエス様おひとりが十字架ですべて完了してくださったのです。ただ私たちは、それを信じる信仰によって生きるだけです。悩みの種、不幸の原因だと思っていることは、勘違いにすぎません。特に人と比較をして、相手や自分を評価することは、人生の変化とは関係ないので、いらないことです。不安に思う必要もありません。私たちの助けなど、まったく必要なく、イエス様がひとりで、すべて十字架につけて、すべて完了されたのです。自分のなにかに縛られる必要はまったくありません。すべて撤廃してしまいましょう。
 すべてを完了してくださったので、イエス様の救いは、完全、完ぺき、十分です。救いが不十分であるかのように、心配したり、疑問を持ったりすることはやめましょう。十字架の救いは、完全な解放であり、知らない罪まですべで完全、完ぺきにきよめられました。目の前のことだけではなく、神様には時空の制限がないので、過去、未来も神様には関係ありません。すべてを合わせて終わらせてくださいました。私たちの目の前で終わるから終わったということではなく、完全なる解放なのです。罪による滅びの運命は完全に終わって、二度と戻れません。ミスやあやまちがあっても、それも含めて終わらせてくださったのです。信仰があっても、福音の理解がないと、なぜ終わっていないのかと思うことがありますが、それらを悩みの種にするのではなく、すべてが終わったと確認して告白する材料にしましょう。弱さがあっても、それも完了した中に入れて、より強く、深く、救いの祝福に入って行く材料にするのです。ひっかかるものはなにひとつありません。 いまから天に召されるときまで、聖霊で信じる者に完ぺきに同行してくださいます。限界ある弱い私たちですが、それが問題にならないように聖霊が導かれることが完了したのです。どんな問題があっても、それを打ち破って突き進む神様のみわざをあらわされるために同行されています。聖霊が臨まれると力を受けてエルサレムから地の果てにまで神様の力が現れて証人となるため、すべてを完了してくださったので、十分な祝福です。世の人生が終わっても天国に入ることが保証されています。霊的な世界は、物理の限界をこえているので、いまここにいるのと同時に、イエス様とともに御座にいると言われているのです。それが、救われた瞬間にすべて与えられました。Iコリント5:17にある、すべて新しくなったという言葉は、「創造」のときに使われていることばです。つまり、新しく創造されたのです。完全、完ぺきに変えられたので、世の中でひとつずつ確認していく作業を聖化と言います。弱さや困難は、完全に変えられたことを告白していく機会なのです。存在自体が変えられました。なにも変わらなくても、完全、完ぺきに救われたと握ることが信仰です。サタンの攻撃も、「イエスはキリストで完了した。私は神の子どもでなんの問題もない」と、完ぺきな救いを告白してイエス・キリストのほうに進む材料にして、かえって感謝するようにしましょう。
 ですから、後ろを振り向かず、なににもとらわれず、新しい人生に走って行きましょう。過去、いまの問題にとらわれず、祝福と契約のミッションを握り、神様の願いをまっとうして、人のたましいを生かす人生に突き進みましょう。なにひとつ引っかかることはありません。
 今週一週間、メッセージを握って戦いましょう。過去を掘り出し、現在を取り出して、ひっかかるものからすべて自由になりましょう。新しい契約、伝道の人生を決断して、積極的な心構えを持って、飛び込みましょう。自分は福音宣教のための主人公で、新しい人生に変えられたという意識を持ちましょう。すべて完了したということを保証書として握って、すべての場面にぶつかっていく一週間になるようにお祈りします。