日曜メッセージ要約版

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メッセージ要約版

2014年11月16日

涙が変わる時・・・(ヨハネ20:11-18)
 マリヤが空のお墓の前で、イエス様がいなくなったと泣いていたところ、御使いが来て「なぜ泣いているのか」と尋ね、そのあと、イエス様ご自身が来られて「なぜ泣いているのか」と問われました。今日、イエス様が悲しんで泣いている私の前に来られて、「なぜ泣いているのか」と問われています。それにどのように反応するのか、自分のこととして考えてみましょう。
 福音が正しくわからないと、涙のポイントがずれます。そして、違う涙を流すと、そのあとのことが変わってしまうのです。エジプトから解放された民は、とても喜んでいたのに、紅海を前にして泣き崩れ、エジプトにいたほうが良かったと言いました。その結果、祝福された契約の民が、40年の荒野生活をするしかなくなったのです。泣くしかない状況で、当然の涙と思えるかもしれませんが、違った涙ゆえに、民族を危機に陥れる結果になったのです。また、ハンナは子どもが与えられず、ペニンナからいじめられ、その状況から脱したいと泣きました。しかし、泣けば泣くほど、自分の胸を傷つけるしかありませんでした。ラザロの死を前にして、人々は当然、悲しむべきだと泣いていましたが、それを見たイエス様は心に憤りを覚えられたのです。泣くしかないと思っていることが、イエス様の怒りを買うこともあるのです。また、十字架の死を前にして、嘆き悲しむ女たちに、イエス様は、あなたたちの民族、未来のために泣きなさいと言われます。違う涙は、国や未来のことを隠して、見えないようにさせることもあります。このように、肉体的、人間的な涙は、その結果、悲しみから抜け出すことはできず、次の問題をもたらしてしまいます。涙の色は人生の色になるので、無気力な人生となってしまうのです。
 泣いていたマリヤにイエス様が呼び掛けられ、マリヤがイエス様だと気付いたとき、いままでの涙は恥ずかしいものになりました。福音がなにかわかって、今までの涙の人生にピリオドを打つようにしましょう。イエス様は預言どおり復活されたのです。マリヤは、十字架の死が、人類の罪のためであり、イエス様は死と悪魔、運命の力を完全に打ち破ってよみがえるべきキリストだと気づいていませんでした。いま、生きておられるイエス様に出会って、イエスがキリストだと分かりました。涙の理由は、イエスがキリストという福音が分からないからだったのです。イエスはキリストであり、よみがえられ、今も生きておられます。信じる者は、救われて、御名を呼べば、イエス様と同じことができるようになっています。イエスはキリストであり、唯一の希望、唯一の救い主なのです。それがわかると、泣く理由はなくなります。ほとんどの涙は、キリストを忘れてなくした結果です。イエスがキリストという信仰に実際に立ちましょう。それが涙を変える方法であり秘密なのです。イエスがキリストと告白するなら、病気、経済、家庭問題、人間関係、心の暗さ、自分の弱さ、過去などは、泣く理由にはならないと分かるようになります。それが信仰です。泣いている場合ではないと分かるときに、はじめて、今までの涙とちがう次元の涙を流すようになります。
 福音が分かるなら、いまイエス・キリストがない現場や時代、偶像まみれの国を見て、涙をこぼすようになります。これが、クリスチャンに求められる涙です。それゆえ、イエス様は「泣いている者は幸いです」と言われたのでした。このように涙が変わると、人生が変わり、勝利の門が開かれるようになります。福音がわかると、今までにない、世が与えることができない、まことの喜びを伝える新しい人生の門が開かれるようになるのです。マリヤも走って行って、イエスに出会ったこと、イエスがキリストであること、イエスを信じるなら、ほろびない永遠のいのちを得ることは、本当だったのだと知らせる人生に変わりました。そして、今までの涙の理由は、ほんとうの喜びを伝えるための材料だとわかるようになります。イエスはキリストと告白して、いままでの涙を終わりにしましょう。そうすれば、神様とまことに通じ合う祈りの者となり、死の陰の谷を歩くとしても、勝利の人生となります。
 今週、真実に自分に問いかけてみましょう。「自分の涙、ため息の理由はなにか。どんな色なのか」そして、イエスがキリストと告白するときにしましょう。「なぜ泣いているのか」という神様の御声を聞くようにしましょう。意味のない涙は流さないと決意して、涙の色を変えると決心しましょう。どんなにつらくても、イエスはキリストと告白して、世の中にいるので、人々を救うために、先に経験することをゆるされたのだと知りましょう。現場の人々を胸に抱いて祈り、その人々のために生きると告白しましょう。そうすれば、すべてきよめられることを体験するでしょう。ほろびゆく未信者の現場を愛と涙を持って抱く一週間となることを祈ります。