人々は幸せになることを願い、平和を追い求めて、いろいろな努力をしているのに、それが実現することはなく、なぜかも分かりません。それは、人の目には見えない霊的な事実、世界があるからで、その霊的な事実や霊的な世界が分かれば、見方や解釈も変わり、答えも変わるようになります。霊的な世界を知らずにさまよっているこの世の中で霊的な世界について目が開かれたクリスチャンとして、その霊的な世界がメインであり、サブではないと言われている聖書のみことばから、正しく霊的なことを理解しましょう。
今日の聖書箇所は、人々がイエス様のメッセージを聞いて驚いていたところに悪霊につかれた人が大声で叫びはじめ、イエス様が叱られたら、その人から悪霊が出て行き、普通に戻ったという場面です。悪霊の親分は、悪魔、サタンという存在で、悪魔が神様に敵対して天から追い出されたときに、天使の三分の一がいっしょに追い出されて悪霊になったのです。その悪霊は、実際に存在していて、直接、人生や世界に深くかかわっていることをまず、よく理解しましょう。
悪霊、悪魔はなにをしているのでしょうか。悪霊がおもにするのは、まことの神様に敵対して、神様の栄光を汚すことです。偽物の神、宗教、偶像を作り、人がそれにおぼれるようにさせ、人が神様から離れたまま、信じないようにさせます。人の中に入り、政治、教育、芸術、文化を利用して、神様は要らず、信じなくてもよいという方向に引っぱります。人は神のかたちに造られたので、神様を信じないと、滅びるしかありません。あらゆる方法で、人を滅ぼすのです。
神様は栄光を取り戻し、人を滅びから救うために、キリストを送られました。キリストは、汚された神の栄光を取り戻し、滅びる人々を助け、解放して、悪魔、悪霊から救い出すために来られたのです。悪霊は、イエスがこの働きのために来られたキリストであると正しく分かります。そして、イエスを恐れ震えるのです。
悪霊はイエスをキリストだとよく分かるのですが、絶対にできないことがあります。それは、神様を礼拝することです。そして、自分のキリストであると告白することはできません。神様が用意されたまことの救いの祝福を受けることはできないのです。イエスがキリストであると叫んでも、悪霊のための十字架ではなく、罪人である人間を救うために来られたので、イエス様は悪霊を叱られたのでした。
救いは人にのみ許されたことです。神様の人に対する無限の愛により、イエスを自分のキリストとして告白して受け入れて救われるのは、人間にのみ与えられた祝福です。神様は人を本当に愛しておられるのです。イエスをキリストと告白すると、神様から離れて捕えられていた暗やみの力から、完全に解放されます。神様がその人の中に入り、永遠にともにおられる完全な祝福が与えられるのです。そして、救われると同時に、完ぺきに未来まで保障されます。未来は天国、地上にいるあいだは暗やみを砕いて神の国が臨む完ぺきな勝利が保障されています。
イエス様はこのような救いの祝福を用意してこの世に来られたキリストです。悪霊がキリストだと気づいても、喜ばれません。人間が自分のためのキリストだと告白して受け入れることを望んでおられるのです。イエスをキリストとして信じて受け入れたら、神様の栄光を取り戻し、すでに光が臨んで、悪霊とは関係ない存在になりました。そのまことの救いを心から感謝しましょう。暗やみ、のろい、罪、滅びからは、完全に解放されています。そして、キリストゆえに、悪霊を叱る権威が与えられているのです。キリスト・イエスの御名によって、不安などもたらす悪霊を追い出してしまいましょう。また、神様が人を愛されたように、私たちも、なにか他のものではなく、人に関心を持ち、人を愛しましょう。人々がイエスがキリストであると告白することを望んでおられるという目で、人を見ましょう。霊的な事実が分かると、聖霊に満たされることを祈る必要が分かります。聖霊の満たしが約束されているので、満たされることを慕い求め、心を食いつくそうとする思いや考え、不安、思い煩い、野望、肉の思い、欲望をイエスの御名によって追い出していくなら、行く先々で、イエスが悪霊を叱られたようなことが起きるようになるでしょう。

|